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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)210号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。

1 成立に争いない甲第二号証の一(本願発明の特許出願公告公報)及び第三号証(手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について左記のような記載があることが認められる(ただし、手続補正書による細かい字句の訂正は、引用箇所の摘示を省略する。)。

(一) 技術的課題(目的)

本願発明は、ガスケツト基材に用いるジヨイントシートの改良に関する(公報第三欄第一四行及び第一五行)。

この種のジヨイントシートとしては従来は石綿ジヨイントシートが多用されているが(同第三欄第一六行ないし第一八行)、石綿は、入手が困難であるのみならず人体に及ぼす有害性が問題となり、その使用が規制される傾向にあるため(同第三欄第二七行ないし第三二行)、石綿以外の繊維を用いた幾つかのジヨイントシートが創案されているが、いずれも満足し得るものではない(同第三欄第三八行ないし第四欄第二三行)。

なお、ゴムラテツクスを用い抄造方法によつて製造される無機繊維質シートは、ビーターシートと呼ばれ、有機溶剤に溶解したゴムを用い熱ロール上に積層成形して製造されるジヨイントシートとは、組成的には同一であるが、構造が異なる。すなわち、ビーターシートは、水分を含んだ状態でいつたんシート状に成形したのち加熱によつて水分の蒸発と加硫を同時に行うため、水分が蒸発した跡が空隙になつてシート内に多く残るが、ジヨイントシートは、溶剤を蒸発させながら圧搾積層成形し同時に加硫を行うため、シート内の空隙の割合が非常に少なく、たとえビーターシートに熱ロール掛け等の処理を施しても、ジヨイントシートと同様のものを得ることはできない(同第四欄第二四行ないし第四一行)。また、ビーターシートは、結合剤としてゴムラテツクスを用いるので、ゴムが繊維表面に粒子状で存在しやすく、溶剤に溶解したゴムを用いるためゴムが繊維表面に均一に存在するジヨイントシートに比較すると、バインダーとしての効果に劣る。このようにビーターシートは、機械的強度あるいはシール性能など、ガスケツトに必要な物性がかなり劣り、ジヨイントシートが用いられるような条件が厳しい場所には不適当なものである(同第四欄第二四行ないし第五欄第八行)。

本願発明の目的は、石綿以外の繊維を使用しながら、石綿ジヨイントシートの機械的強度あるいはシール性能に劣らない物性を有するジヨイントシートを創案することに存する(同第五欄第九行ないし第一三行)。

(二) 構成

右課題を解決するため、本願発明はその要旨とする構成を採用したものである(手続補正書第二丁第六行ないし第四丁第一行)。

本願発明は、石綿以外の少なくとも二種類の繊維を混合したものを適当な比率で混合したものを基材繊維とすれば、単一繊維を用いた場合よりも高強度のジヨイントシートを得られるとの知見に基づくものであるが、その要旨から無機繊維第一群同志の組合わせが除外されている理由は、無機繊維第一群に記載されている繊維は繊維同志が絡まり難く、かつ、繊維自体が折れやすいからである(公報第六欄第一一行ないし第二九行)。

本願発明のジヨイントシートを製造するには、まず、天然ゴム又は合成ゴムをトルエン等の有機溶剤に溶解しておき、これに、少なくとも二種類の繊維、ゴム薬品、充填剤などを均一に混合し(同第九欄第一五行ないし第一九行)、右混合物を一定間隙の二点ロール間に投入し、均一な厚みで一方のロール上に巻き付かせながら成形した後、これを剥離して予備成形シートを得(同第一〇欄第九行ないし第一二行)、右予備成形シートをゴムの加硫温度(六〇~二〇〇℃)に設定された熱プレスに挟み、40kgf/cm2未満の低面圧状態で時々ガス抜きしながら加圧し、溶剤が完全に蒸発した後に、40~200kgf/cm2の高面圧状態で加圧すればよい(第一一欄第八行ないし第一三行)。

プレスする前にロールによる予備成形を行う理由は、材料がロール上で均一に均されて材料同志がよく接着し合うため、強度が高いジヨイントシートを得られることにある(同第一一欄第二七行ないし第三五行)。

(三) 作用効果

本願発明の実施例と比較例の物性をJIS R三四五三の方法によつて測定すると(同第二〇欄第三二行ないし第三五行。別紙第1表参照)、石綿ジヨイントシートの引張り強度が2~4kgf/mm2であるのに対し、石綿以外の繊維を単独で用いた比較例の引張り強度はかなり小さいが、単独では十分な強度を得られない繊維を二種類以上混合した実施例の引張り強度は、石綿ジヨイントシートに匹敵する。また、石綿ジヨイントシートは圧縮率が七~一七%程度、復元率が四〇~六〇%程度であるが、実施例はそれ以上の圧縮率及び復元率を示す(同第二一欄第二八行ないし第四一行)。

さらに、石綿ジヨイントシートは折り曲げると屈曲部が割れる傾向があるが、本願発明のジヨイントシートは、一八〇度折り曲げても割れることがなく優れた耐屈性を有する(同第二一欄第四四行ないし第二二欄第三〇行)。

なお、従来最も多用されているクリソタイル石綿を基材繊維としたジヨイントシートは耐酸性に乏しいが、本願発明によつて耐酸性を有する繊維(例えば、フエノール繊維など)を選択すれば耐酸性に優れたジヨイントシートが得られるし、石綿はマグネタイト及び遊離塩素を含有しているのでステンレスフランジ用シールとして石綿ジヨイントシートを通用するとステンレス面に孔食を生ずるが、本願発明によつてマグネタイト等を含有しない繊維を選択すればステンレス用ガスケツトとしても有用なジヨイントシートが得られる(同第二二欄第三一行ないし第二三欄第四行)。

本願発明のジヨイントシートは、強度が高く、ガスケツト材として従来の石綿ジヨイントシートより優れた物性を備え、かつ、石綿公害に対処し得るとの大きな利点を有するので、ガスケツト材としての応用価値は極めて大きいのみならず、摩擦材あるいは電気絶縁材としても使用し得る(同第二六欄第一四行ないし第三〇行)。

2 一方、引用例1に審決認定の技術的事項が記載されていることは、原告も認めて争わないところである。

しかしながら、原告は、審決は本願発明と引用例1記載の発明の一致点の認定を誤つていると主張するので、引用例1に記載されている技術内容を検討するに、成立に争いない甲第四号証によれば、引用例1記載の発明は、耐熱性密封材料などの用途に使用される無機質繊維シート材料及びその製造方法に関するものであつて(第一頁左下欄第一五行ないし第一七行)、石綿を抄造した石綿ビーターシートは有用な密封材料として耐熱性ガスケツトなどに多用されているが、石綿は四〇〇℃から徐々に結晶水を失つて強度ないし弾力性が劣化し、ついには密封性を失うことを従来技術の問題点として把握し(同頁左下欄第一八行ないし右下欄第五行)、耐熱性に富み、かつ十分な密封効果を有する密封材料などとして用い得る無機繊維質材料の創案を目的として(同頁右下欄第八行ないし第一〇行)、非金属性無機繊維一〇〇重量部及び所定の形状の金属繊維五~一〇〇重量部の無機質繊維混合物を含有する無機繊維質材料、及び、右混合物をバインダーの存在下で抄造することを特徴とする無機繊維質シート材料の製造方法を要旨とするものと認められる(第六頁左下欄第三行ないし末行)。そして、同号証によれば、引用例1には、非金属性無機繊維として、「石綿、ガラス繊維、セラミツク繊維、石英繊維、シリカ繊維、炭素繊維、黒鉛繊維、岩石繊維、鉱滓繊維」が例示され(第一頁右下欄第二〇行ないし第二頁左上欄第二行)、金属繊維を非金属性無機繊維に混入することによつて、例えば別紙第2表に記載されているとおり、得られる材料の物性が向上すること(第二頁右上欄第五行ないし第七行、第三頁下欄、第六頁右下欄第一八行及び第一九行)、本発明は非金属性無機繊維が有する欠点を金属繊維の混合によつて補うものであること(第二頁右下欄第一九行及び第二〇行)、密封性能は圧縮性及び復元性によつて判定されるが、金属繊維を混合することによりこれらが大幅に改善されること(第三頁左上欄第一一行ないし第一四行)、抄造法以外の成形法で成形することもでき、この場合は非金属性無機繊維一〇〇重量部に対して金属繊維を五~三〇重量部程度混合し、圧縮成型機や真空成形機を用いて成形すること(第二頁右下欄第一一行ないし第一五行、第六頁左上欄第一一行ないし第一六行)、及び、非金属性無機繊維としてセラミツク繊維(実施例4)あるいはガラス繊維(実施例5)を用い、ステンレス繊維を混合して抄造したシートは、ステンレス繊維を混合しないで抄造したシート(比較例2、3)と比較して顕著な補強効果がみられ、これらの非金属性無機繊維が本来有する欠点(すなわち、強度が劣る点、耐振性に乏しい点、荷重を加えると粉化する点など)がいずれも改良される結果、このようなシート材料から製造されるガスケツトの動的箇所への適用を可能にすること(第五頁右上欄第二行ないし第一二行)、以上の技術的事項が記載されていると認められる。

3 一致点の認定について

a 原材料として石綿を使用しない点について

前記のとおり、引用例1記載の発明は、原材料として石綿(以下「アスベスト」という。)を用いたシートの物性の改良を直接の契機とするものであるが、その要旨から明らかなように、アスベストの使用を必須の要件とするものではなく、現に、引用例1には、同発明の実施例としてアスベストを使用しないノンアスベスト・シートが開示されているのである(別紙第2表の実施例4及び実施例5参照。ちなみに、引用例1記載の発明によつて得られるシートの物性がガスケツト基材に用い得るか否かは、発明が奏する作用効果が顕著性を有するか否かの問題として論ずれば足りることであるから、別紙第2表に示されている数値のみをとらえて、引用例1に記載されている発明はノンアスベスト・シートの発明として完成していないというのは当たらない。)。

したがつて、本願発明と引用例1記載の発明は技術的思想(すなわち、アスベストを用いるか否かの点)において本質的な差異があるとする原告の主張は、失当である。

b 充填剤を使用する点について

原告は、本願発明は従来技術の予測を超える大量の充填剤を用いることを要件とすると主張する。

しかしながら、前記の本願発明の要旨から明らかなように、本願発明は充填剤の使用量の限定を要旨とするものでない。それゆえ、原告の右主張は、本願発明の要旨に基づかないものであつて、失当である。

c 熱プレスによつて成形する点について

原告は、本願発明が予備成形したシートを熱プレスによつて成形する構成を採用したことの技術的意義を主張する。

しかしながら、前掲甲第二号証の一によれば、本願明細書には、前記のようにシートを予備成形することの技術的意義は記載されているにもかかわらず(第一一欄第二七行ないし第三五行)、予備成形したシートを熱プレスによつて成形することの技術的意義は何ら記載されていないことが認められる。のみならず、右甲第二号証の一によれば、本願明細書には、「この発明で得られるシートは、上記に示した、ロールによる予備成形後、熱プレスする成形以外に、従来の石綿ジヨイントシートと同様な、熱ロール上に積層成形する方法によつても成形可能である」(第一一欄第三八行ないし第四二行。第一二欄第七行ないし第一〇行も同旨)と記載されている反面において、熱プレスによつて成形する工程を採用した場合に得られるシートの物性と右工程を採用しなかつた場合のシートの物性が比較対照して示されていないことも明らかである。

したがつて、本願発明が予備成形したシートを熱プレスによつて成形する構成を採用したことに格別の技術的意義が存することを肯認すべき合理的な根拠はないから、原告の右主張も採用できない。

4 本願発明が奏する作用効果について

前記のとおり、本願発明はガスケツト基材に用いるジヨイントシートに関するものであるところ、成立に争いない甲第九号証の一によれば、JIS R三四五三―一九七九(石綿ジヨイントシート)は、三種のジヨイントシートのうち規格が最も厳しい1種のジヨイントシート(主に燃料油を除く耐油用。また、水、空気、水蒸気に用いるもの)の特性として、引張強さは一・六kgf/mm2以上、圧縮率は一二±五%(すなわち、七ないし一七%)、復元率は四五%以上の規定に適合しなければならないとしていることが認められる。

そして、前掲の別紙第1表によれば、本願明細書に示されている実施例は、引張り強さは二・〇kgf/mm2以上、圧縮率は一七~二六%、復元率は五五%以上の数値を示していることが認められる。すなわち、本願明細書に示されている実施例は、ノンアスベスト・シートでありながら、アスベスト・シートについて規定されているJIS規格のうち引張強さ及び復元率のいずれをも満足し、また、圧縮率はJIS規格の範囲を超えるものが多いが、一五例のうち三例はJIS規格の範囲に含まれることが認められる。したがつて、この限りでは、本願発明が奏する作用効果には顕著なものがあるということができる。

しかしながら、別紙第1表によれば、本願明細書に示されている実施例が採用している繊維は、無機質繊維第一群は特許請求の範囲に記載されている一五種のうちの五種(ガラス、セラミツク、ウオラストナイト、岩綿、チタン酸カリウム)、有機質繊維群は特許請求の範囲に記載されている二七種のうちのわずか四種(フエノール、パルプ、アクリル、ポリエステル)にとどまり、また、無機質繊維第二群のうち金属繊維はステンレスが採用されているにすぎないことが明らかである。そうすると、本願発明のジヨイントシートのうちJIS R三四五三に規定されている数値を満足することが論証されているのは、本願発明が要旨とする繊維群の極めて多様な組合わせのうちごく一部の組合わせにすぎないといわざるを得ない(念のため付言するに、前掲の別紙第1表によれば、本願明細書に記載されている実施例一五例のうち、無機質繊維第一群としてガラスを採用したものが一二例、有機質繊維群としてフエノールを採用したものが七例の多きに達しており、実施例に採用されている繊維の選択には無視し難い偏りが存する。それゆえ、本願発明はその要旨とする繊維群の極めて多様な組合わせのうち、特定の繊維による特定の組合わせにおいてのみ顕著な作用効果を奏するのではないかとの疑問は、容易に払拭し得ないものである。)。

したがつて、本願明細書に示されている実施例は、本願発明が要旨とする繊維群の極めて多様な組合わせのいずれによつても同様に顕著な作用効果を奏し得ることを論証するには到底足りないものであるから、審決が本願発明が奏する作用効果の顕著性を看過したというのは当たらないというべきである。

5 以上のとおりであるから、本願発明は引用例1及び引用例2に記載されている技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定及び判断は正当であつて、審決に原告主張の違法は存しない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとする。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

石綿以外の無機質繊維群及び/又は有機質繊維群から選択して組み合わされる少なくとも二種類の繊維と、

天然ゴム又は合成ゴムと、

ゴム薬品と、

充填剤と、

から成る組成物であつて、

a 前記無機質繊維群は、

ガラス繊維、セラミツク繊維、岩綿、鉱滓綿、ボロン繊維、溶融石英繊維、化学処理高シリカ繊維、溶融けい酸アルミナ繊維、アルミナ連続繊維、安定化ジルコニア繊維、窒化ほう素繊維、窒化けい素繊維、チタン酸アルカリ繊維、ウイスカー、ウオラストナイトから成る無機質繊維第一群と、

炭素繊維及び金属繊維から成る無機質繊維第二群とから成り、

b 前記有機質繊維群は、

ポリアミド系繊維、ポリエステル系繊維、ポリアクリロニトニル系繊維、ポリビニルアルコール系繊維、ポリオレフイン系繊維、ポリ塩化ビニル系繊維、ポリ塩化ビニリデン系繊維、ポリウレタン系繊維、ポリ尿素系繊維、ポリフルオロカーボン系繊維、フエノール系繊維、ポリベンズイミダゾール、ポリフエニレントリアゾール、ポリフエニレンサルフアイド、ポリオキサジアゾール、ポリイミド、ラダーポリマーなどの耐熱性繊維、獣毛繊維、絹繊維、人造タンパク繊維などのタンパク質系繊維、セルロース繊維、セルロース誘導体繊維などのセルロース系繊維、アルギン酸繊維、ゴム繊維、キナン繊維、マンナン繊維などの合成高分子系及び天然高分子系の繊維から成り、

c 前記繊維群から選択される繊維は、

無機質繊維第一群と無機質繊維第二群の組合わせ、

無機質繊維第一群と有機質繊維群の組合わせ、

無機質繊維第二群と有機質繊維群の組合わせ、

無機質繊維第二群同志の組合わせ、及び

有機質繊維群同志の組合わせ

のいずれかであり、

d 前記組成物は、ロール間に投入されて予備成形シートとされた後、熱プレスして製品とされていることを特徴とするジヨイントシート

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